サバンナから見たリンパ系: がんの発生と転移を理解する

メディカル

先日、勤務先で役員会が開催され、事務局として出席した。会議開始前に早く集まってくださった方たちと軽く雑談をしていたとき、「先日大腸がんの手術をしたんです。」と、ある方が話し始めた。「3年前には胃癌の手術。どちらも早めに見つかってよかった。」と健診で見つかったおかげで、早期治療により回復されたことを報告された。この方はいつも元気に本格的なゴルフ(グランドゴルフではないほうの)を趣味にされている70代の男性。こういったお話を聞くと定期健診の大切さを改めて感じる。

細胞の老化とともに、遺伝子の損傷が増える傾向にあり、がん発生を引き起こすこともある。日本は高齢化によりがんの患者数とがんによる死亡者数は増え続けている。1981年以降、がんは日本人の主要な死因となり、その地位は現在も変わっていない。

さて、がんというのはどのように発生し、広がっていくのだろうか。

◎がんの発生

がんは体の細胞が異常に増殖し続ける病気で、その原因はさまざまである。通常、私たちの体の細胞は古くなったり、傷ついたりすると自然に死に、新たな細胞に取り替えられる。しかし、何らかの変化(通常は遺伝子の変異)によりこの自然なプロセスが乱れ、細胞が異常に成長し続け、体の他の部位に広がる。これががんの一般的な形成過程だ。

がんは、体の遺伝子が変化(突然変異)したときに発生する。遺伝子は、私たちの体の細胞がどのように成長し分裂するかを指示している。しかし、突然の遺伝子の変化(突然変異)が起こると、これらの指示が混乱し、細胞が通常よりも早く、また制御不能に成長し分裂を続けることがある。これが正常な細胞を押しのけて、塊(腫瘍)を形成する。全ての腫瘍ががん性(悪性)であるわけではない。良性の腫瘍は体の他の部位に広がることはないが、がん性腫瘍は周囲の組織に侵入し、身体の他の部分へ広がる(転移する)ことがある。

◎がんの転移

がんが転移するとき、がん細胞は原発巣(最初に癌ができたところ)から離れて血流またはリンパ系を通じて体内を移動する。

血流転移(hematogenous metastasis)とは、がん細胞が血管に侵入し、血液の流れによって体の他の箇所へ移動し広がる現象である。がん細胞は素早く広範囲に拡散し、遠隔転移を引き起こすことがある。これは、原発巣から遠く離れた部位に新たながん(転移巣)を形成する状況を指す。血流が豊富な場所、例えば肺や脳などに特に転移しやすい傾向がある。

リンパ転移(lymphatic metastasis)とは、がん細胞がリンパ管に侵入し、リンパ流に乗って体の他の部分に運ばれる転移で、最初にセンチネルリンパ節(sentinel: 見張り)というところに到達し広がる。リンパ転移が確認されると、がんの進行度が上がり、治療計画も変わることがある。

◎リンパとは

リンパとは、人体の免疫システムを構成する重要な成分であり、リンパ系と呼ばれる体液システムの一部だ。リンパ液は血液と非常に似ているが、リンパ球と呼ばれる特殊な白血球を多く含んでいる。

↓免疫細胞と分化の過程

リンパ液は、体の細胞から養分を運び、廃棄物を運び出す役割を果たす。また、免疫システムが感染症やがん細胞を発見し、それらを攻撃する手助けもする。

リンパ系は、リンパ節と呼ばれる小さな腫瘍状の構造体を通過する。これらのリンパ節は、体全体に分散しており、感染症やがんの存在を発見し、それらを抑えるための免疫反応を誘発する役割がある。リンパ液は最終的に血流に戻り、循環が続けられる。

リンパ系をわかりやすく、アフリカのサバンナ(草原)に見立てて解説してみよう。

◆リンパ液は川のようなもの

リンパ液は体内を流れる川のようなものであり、栄養素や水分、免疫細胞など必要なものを全身に運ぶ。また、体内の不要なものをリンパ節に運ぶ役割も果たす。これは川が水とともに栄養素を運び、生物が生きるための水分を提供し、また、川が流れることで老廃物を運び出す役割を果たすのに似ている。

◆リンパ節は池や湖のようなもの

池や湖は、水を一時的に貯め、水の流れを整える。リンパ節はリンパ液が流れ込む池や湖のようなものである。ここでリンパ液はフィルタリングされ、体内の異物や病原体が取り除かれる。

◆免疫細胞はサバンナの動物たち

ライオンやチーター、ハイエナはサバンナを巡りながら獲物を見つけ出し、狩りをする。それに対応するように、免疫細胞(特にT細胞やNK細胞)は体内を巡りながら病原体や異物を見つけ出し、排除する役割を果たす。これはまるで体内で狩りをしているかのように考えることができる。

◆リンパ管は動物たちのトレイル

サバンナでは、動物たちが繰り返し同じ経路を通ることで自然にトレイルが形成され、これが彼らの移動経路となる。これはリンパ管が体内の免疫細胞やリンパ液が移動するための経路となっていることに似ている。

◆サバンナの気候とリンパ系の状況

サバンナには雨季と乾季の二つの季節がある。乾季には水源が減少し、生物たちにとって生存が厳しくなることがある。リンパ系においても、乾季のような状況が起こることがある。例えば、病気や感染によって免疫システムが過度に活性化され、リンパ液の流れが滞ったり、免疫細胞が十分に機能しないことがある。これは、サバンナの乾季が生物たちの生存に困難をもたらすことと同じような状況だと言えよう。

しかし、サバンナの生物たちは乾季を生き抜くための戦略を持っていると同様に、我々の体もリンパ系が適切に機能しない状況を克服するための機能を持っている。例えば、「移動」。 一部の動物は乾季の間、水や食料が豊富な地域へ移動する。例えば、ヌーは大規模な群れを作り、雨季と乾季に合わせて長距離を移動する。免疫細胞は体内を移動し、感染や損傷が発生した場所へ向かう。

また、乾季では、食物と水が少なくなるため、動物は食物や水源を見つけるための新たな方法を見つける。例えば、象はその長い鼻を使って地下の水を見つけることができる。免疫システムは病原体を検出し、それに対応するための特異的な免疫応答を形成する。

一部の動物は雨季に子孫を産むことで、子供たちが乾季を生き延びられるようにしている。このことは免疫応答が必要なとき、特定の免疫細胞(例えばB細胞やT細胞)は急速に分裂・増殖することと類似しいている。

長くなったが、リンパ系をサバンナの生態系に例えてみることで、仕組みが理解しやすくなったと思う。

◎がんのリンパ転移

がんのリンパ転移について話を戻すことにする。

通常、免疫システムは体内に異常が発生した場合、その異常を排除しようとする。例えば、感染した細胞や損傷した細胞、そして初期段階のがん細胞を標的にする。しかし、がん細胞はこれらの免疫反応を避けるための様々な機構を持っている。

がん細胞は免疫システムをだますことができる。これは「免疫編集」または「免疫逃避」と呼ばれる現象で、がん細胞が自身の特性を変える(変異する)ことにより、免疫システムから見えなくなる、または攻撃を受けにくくなる能力を指す。また、がん細胞は自分を「自己」であると偽装することで免疫システムの攻撃から逃れることもある。

加えて、がん細胞がリンパ系を経由して体内を移動し、新たな場所に転移すると、免疫システムはそのがん細胞を完全に排除することが難しくなる。これは、新たに形成された転移巣が免疫反応を抑制する微環境(がん細胞が存在する周囲の細胞や物質、血管、免疫細胞などを含む直接的な環境)を作り出すからである。

したがって、がんの治療には通常、薬物療法、放射線療法、外科手術などの治療法が併用される。これらの治療法は直接的にがん細胞を破壊するか、免疫システムを活性化してがん細胞に対抗する働きをする。免疫療法と呼ばれる治療法も開発されている。免疫療法は、免疫システムを強化し、あるいはがん細胞の免疫逃避の機構をブロックすることによって、がん細胞に対抗する。

皆さん、定期的な健診を!

コメント

タイトルとURLをコピーしました